近年,持ち運びしやすく,患者への負担が少ない医療機器「ポイント・オブ・ケア・テスティング(POCT)」が注目されている1–4)。近年のパンデミックの影響で,緊急時に呼吸や代謝の状態を調べるための,動脈血から酸素や二酸化炭素の量を測定する「血液ガス分析装置」への注目が高まった(図1)5,6)。血液ガス分析装置は,血液中の酸素や二酸化炭素の分圧,pHなどを測定し,患者の重症度をすばやく把握するために欠かせない装置であり,その中心的な役割を果たすのが「酸素センサ」である7–9)。酸素センサは,血液中の酸素分圧(pO2)を直接測定することで,肺が血液に酸素をしっかり送れているかを確認することができる。一方,パルスオキシメーターは皮膚越しに血液の色を読み取って酸素の状態を推定する装置で,簡便であるが測定値にばらつきが出やすく,精度に課題があり,緊急時の測定には向いていない。そのため,緊急時により正確に酸素を測定できる電気化学センサが用いられている。近年,救急車やベッドサイドなどで使用を目的としてPOCT機器に注目が集まり,小型で迅速に正確に測定できることが重要である。現在の「血液ガス分析装置」に使用されている酸素センサは,「クラーク型酸素電極」という方式を用いた薄膜型の小型酸素センサである9)。このセンサは,作動電極,対電極,参照電極,電解質,ガス透過膜などから構成されており,特に参照電極には安定性の高いAg/AgCl電極が広く使われている。しかし,さらなるセンサの小型化が進む中で,Ag/AgCl電極から銀イオンの流出により,作用極が汚染されるリスクが指摘されている(図2)。他の参照電極には,標準水素電極や飽和カロメル電極なども知られているが,電極サイズが大きく,小型デバイスには向いていない。そのため,新しいタイプの参照電極が必要とされ,汚染の心配が少なく,小型化にも適した電極材料として「プルシアンブルー(Prussian Blue; PB)」が注目されている10,11)。
PBは,Fe2+とFe3+という鉄イオンからなる結晶で,昔は絵の具として使われているが,最近では放射性物質の吸着材としても研究されている。PBは,ゼオライトのようにイオン交換をしながら酸化還元反応を行う特徴がある12)。
PBの化学反応は次のように表される:
Fe4[Fe(CN)6]3 + 4e− + 4K+ ⇄ K4Fe4[Fe(CN)6]3
(左がPB, 右が還元されたプルシアンホワイト)
PBは非常に溶けにくく(Ksp = 3.0 × 10−41),従来のAgCl(Ksp = 1.78 × 10−10)と比べて,長期間使っても溶液中に溶け出さず,作用極を汚染しにくいという利点がある。ただし,PBは,そのまま電極材料として使用する場合,PB単体では,電気を通しにくく,また,安定性などの問題があるため,導電性のある素材と一緒に使う必要がある。そこで,電極材料の支持体として,小型センサへの応用を見据え,機能性を付与する導電性キャリアとしての多孔質炭素材料に着目した(図3)。多孔質炭素は,高い表面積や大きな細孔容積,優れた化学的安定性と熱的・機械的耐久性,さらに経済的な製造コストといった多くの利点から,エネルギー貯蔵デバイスからバイオ医療分野まで幅広く利用されている。これまでにゼオライト13,14),メソポーラスシリカ15,16),球状シリカゲル17–20),陽極酸化アルミニウム(AAO)など,多様な多孔質材料をテンプレートとして使用し,多孔質炭素の合成する手法が報告されている21,22)。それらの炭化プロセスでは,炭素層(グラフェン層)が形成されることで細孔径がテンプレートよりも若干小さくなる傾向があるが,ほぼテンプレートと同様の形状を維持できることが分かっている。
センサ材料の設計において,使用するテンプレートの細孔径は,収容可能な物質の種類やサイズに大きく影響する。たとえば,ゼオライトテンプレート(細孔径0.6~1.2 nm)の場合,細孔が小さすぎるため,取り込める物質の種類が限られる。一方,メソポーラスシリカやAAOといったテンプレートを用いれば,10~200 nmといったより大きな物質の収容が可能となる。しかし,AAOは膜状であり,形状の制約から量産には不向きである。また,球状のメソポーラスシリカも報告されているが,製造コストの高さが課題であり,量産できるメソポーラスシリカは,粒径を整えることができない。
小型センサ向け電極材料には,以下のような特性が求められる。
- 導電性を有すること
- 対象物質を適切に収容できる細孔サイズを備えること
- スクリーン印刷などの量産プロセスに適した形状・粒径であること
- 印刷プロセスに耐えうる十分な物理的強度を持つこと
- 細孔サイズおよび粒子サイズを自在に制御可能であること
これらの要件を総合的に満たす候補材料として,我々は球状シリカゲル(Porous Silica Sphere; PSS)にグラフェンを被覆したG/PSS(Graphene-coated PSS)に注目した18,19)。G/PSSは,2 nmから100 nmまでの幅広い細孔径を高精度で制御可能であり,形状・構造の自由度および加工性において優れている。さらに,球状粒子という特性はスクリーン印刷などの製造工程における取り扱いやすさをもたらし,センサの量産化を後押しするものと考えられる。
本解説では,このG/PSSにPBを分散・固定化することで構築された,ナノポーラスカーボン系の新しい電極材料,小型酸素センサの参照電極および小型酸素センサについて紹介する19,23)。PBを担持したG/PSS複合体(PB/G/PSS)は,従来の金属系参照電極に代わる,金属イオンによる汚染のない新しい参照電極材料として有望であり,次世代のPOCT(Point-of-Care Testing)デバイスへの応用が期待されている。
ACS Applied Materials & Interfaces19)および産総研プレスリリース:「長寿命な小型酸素センサーを開発」23)で報告した内容を中心として,その後に判明したことも加筆している。
2.1 新規電気材料としての特性
2.1.1 電極材料の作製18,19)
今回解説する電極材料として有望な炭素材料テンプレートの候補の1つである多孔質シリカ球(PSS)は,2~100 nmの幅広い細孔径を精密に制御可能であり,メディエーターや酵素など,分子サイズの異なるさまざまな化合物に対応できる特性を有している。さらに,球状でありながら粒径も2 µmから5 mmの範囲で自在に調整可能であるため,スクリーン印刷への適用にも適している。加えて,PSSはすでにHPLCカラムの充填剤として商品化されており,大量生産が可能である点も大きな利点である。近年,金属触媒を用いることなく,化学蒸着(CVD)法によりシリカ表面をグラフェン様の炭素で一層コーティングする技術を開発された。その手法を図4に示す。まず初めにCVD処理に先立ち,表面をトリメチルシリル(TMS)基で修飾するという簡便な前処理を行うことで,シリカ表面に均一な炭素層を形成するものである。今回,平均細孔径15 nm, 粒子径10 µmのPSS(T/PSS)を電極材料のテンプレートとして使用した17–19)。細孔径はイオン等の移動を円滑にするため15 nmに設定し,粒子径は電極上での拡散距離を考慮して10 µmとした。続いて,900°Cにおいてメタンを用いたCVDを実施し,PSSの表面全体を高導電性の炭素層で被覆したG/PSSを作製した。さらに,細孔内にPBを分散・固定するため,G/PSSにフェロシアン化カリウム溶液および塩化鉄(III)溶液を加えて混合し,PB/G/PSSを得た19)。この後,ICPを用いてPBの含有量が1.2 wt%と算出した。
2.1.2 材料特性19,23)
PBの小さなクラスターがG/PSSのメソ細孔内に良好に分散していると仮定した場合,PBの極性によりG/PSSの疎水性が親水性へと変化するものと考えられる。この仮説を検証するため,図5に示すように,G/PSSおよびPB/G/PSSの水蒸気吸着等温線を測定した。その結果,PBの含有量がわずか1.2 wt%であるにもかかわらず,PB/G/PSSにおいては水蒸気の吸着量が大幅に増加した。すなわち,微量のPBの添加によっても親水性が顕著に向上したことが明らかとなった。このことは,PBがG/PSS内部に微細かつ均一に分散している可能性を示唆するものである。以上を踏まえ,PBの分散状態を詳細に評価すべく,HAADF-STEMおよびSTEM-EDSによる観察を行った(図6)。その結果,PB/G/PSSの外表面においてFeが集積することなく,均一に分散している様子が確認された(図6a)。STEM-EDSによっても表面および内部に分散している様子を見ることができる(図6b)。
さらに,粉砕したPB/G/PSSの内部をHAADF-STEMを用いて観察したところ,輝点が確認され,Feのクラスターが存在することが明らかとなった(図6b)。この輝点のサイズは約10 nmであり,G/PSSの細孔サイズである17 nmよりも小さいことから,PBの小さなクラスターがメソ細孔内に分散・担持されていることが確認された(図6c)。
以上の結果から,Feが微小なクラスターをG/PSSの表面および細孔内部に形成し,分散・固定されていることが明らかとなった。
2.1.3 疑似血液中での電極特性19)
2.1.3.1 PB分散の電気化学的応答への影響
次に,PB/G/PSSの電気化学挙動を調べるために,作用極にPB/G/PSSを用い,図7に示す3極式のセルで測定した。
PBの分散状態が電気化学応答に及ぼす影響を評価するため,2種類の対照サンプルを作製した。1つは,PBとG/PSSを単純に混合したもの(PB+G/PSS),もう1つはPBとカーボンペースト(CP)を混合したもの(PB+CP)である。図8の上部には各サンプルのCV(サイクリックボルタンメトリー)曲線を,下部にはPBの分散状態を示した。
PB+G/PSSおよびPB+CP電極においては,CV曲線のピークがブロードであり,酸化還元反応の速度が遅いことが示唆された。これに対し,PB/G/PSSでは,カーボン材料に対するPBの添加量が少ないにもかかわらず(図8),シャープなCV曲線と小さなピーク分離(20 mV)を示した。この結果は,PBが微粒子化され,G/PSS中に高分散していることにより,電子移動速度が向上したことを示すものである。PB/G/PSSでは,PBがG/PSSの導電性メソ細孔内に微細なクラスターとして良好に分散している(図6)。この高い分散性は,PB内部の抵抗低減に寄与し,酸化還元反応の速度向上をもたらしたと考えられる。一方,PB+G/PSSおよびPB+CPでは,PB粒子が大きく成長している可能性があり,それにより酸化還元応答が鈍化したと考えられる(図8下部)。
以上の結果より,PB/G/PSSは,単なる混合では得られない特異な電気化学的性質を有する材料であることが明らかとなった。
2.1.3.2 PB/G/PSS電極の安定性と参照電極としての可能性
PB/G/PSSが参照電極として長期間使用可能かどうかを評価するため,開路電位(OCP)の安定性に関する実験を行った。その結果,PB/G/PSSのOCPは31日間にわたり0.03 V以内で安定していた(図9)。初期のOCPは0.33 Vであったが,12時間後には0.30 Vまで低下し,その後は一定値を保った。この初期変化は,材料内部への水の浸透に起因すると考えられる。比較のため,電解メッキにより作製したAg/AgCl電極についても同様にOCPを測定したところ,28日間で0.012 V以内の安定性を示し,バルク系環境下においては十分な性能を有することが確認された。しかしながら,電解質層の体積が数十µL以下と極めて限られる小型デバイスにおいては,Ag/AgCl参照電極の安定性が十分でない可能性がある。一方,PB/G/PSSは,構造的に水の存在下でも安定なOCPを維持できるため,小型化された電気化学デバイスにおいても安定した参照電極として機能することが示された。以上より,PB/G/PSSは,長期的に安定した電位を保持し得る,新規かつ有効な参照電極材料であると結論づけられた。
2.2 参照電極にPB/G/PSSを用いた小型酵素センサの性能
2.2.1 スクリーン印刷による3電極センサチップの作製
2.1でPB/G/PSS電極の特性および安定性を評価した後,新たな参照電極の有効性を検証すべく,小型酸素センサ(s-OS)を試作した。図10aには,スクリーン印刷技術に基づく3電極システムにより作製された酸素センサのプロトタイプを示し,図10bには断面概略図を示す。この酸素センサは,セラミック基板上に印刷された電極パターンの上に,2層の絶縁層を重ねる構造となっている。作用電極および対電極は,焼結Ptペーストを用いて形成され,焼結銀ペーストによってアルミナセラミック基板上に配線された。参照電極にはPB/G/PSSを用い,これを描画性の高い印刷インクとして加工し,PB/G/PSSペーストとしてスクリーン印刷によって参照電極上に形成した(s-OS_PB/G/PSS)。得られたPB/G/PSS電極のSEM像(図10a)からは,粒子が自己組織化的に電極表面に高密度で充填されており,粒子間の接触抵抗が抑えられている様子が確認された。比較のため,従来型のAg/AgCl参照電極を用いた酸素センサ(s-OS_Ag/AgCl)も作製した。これは,Ag粉末とAgCl粉末を混合したペーストを,電流コレクターとして機能する銀基板上に印刷することで形成したものである。図10bには酸素センサの断面図を示しており,3つの電極が基板上に配置され,それらを電解質層で覆った後,さらに血中ガスの透過を可能とするガス透過性膜によって覆われている。
2.2.2 参照電極による汚染の検証と安定性評価
まず,この参照電極が酸素センサとして機能するかに関してs-OS_PB/G/PSSセンサの50 mmHgから400 mmHgまでの酸素に対する応答を評価したところ,酸素還元電流はpO2に直線的に応答した。これはこのセンサによって酸素の定量が可能であることを示している(図11)。次に小型酸素センサの主要な課題である参照電極からの汚染について評価を行った。
図12aは,酸素分圧90 mmHgの水溶液を連続流通させた際の電流値の時間変化を示す。PB/G/PSS参照電極では,約-8 nAの電流値が5日間安定的に維持されており,作用電極表面には析出物は認められなかった(図12b)。さらに,酸素分圧と電流値の間には明確な比例関係が確認された。ここで,この初期変化は,図8と同様に材料内部への水の浸透に起因すると考えられる。一方,Ag/AgClを参照極に用いた場合,電流値は20時間で約-13 nAまで変化し,作用極上には銀が析出していた(図12c)。このことは,小型化した酸素センサでは,図12に示すように計測中にAg/AgClからAgイオンが溶け出し作用極を汚染し,電流を低下させるのに対して,PB/G/PSS参照電極を使用すれば,作用極の汚染がなく小型で安定な酸素センサの開発が可能であったことを示している(図13)。
以上の結果より,PB/G/PSSを参照電極として用いることにより,連続測定が可能であり,汚染のない小型酸素センサの実現に成功したと結論づけられた。
2.3 まとめ
PBをG/PSSのメソ細孔内に分散させた新規複合材料PB/G/PSSを作製し,その構造,電気化学的特性,安定性を評価した。PBはG/PSSの導電性メソ細孔内に微細なクラスターとして均一に分散しており,電子移動速度も大きく改善された。CV(サイクリックボルタンメトリー)による評価では,PB/G/PSS電極はブロードなピークを示す単純混合系(PB+G/PSSやPB+CP)に比べて,シャープかつピーク間電位差が小さい特性を示した。この結果は,PBが電極材料中に高分散し,電気化学反応における内部抵抗を著しく低減していることを示唆している。さらに,PB/G/PSSの開路電位(OCP)は31日間にわたり0.03 V以内で安定しており,これは長期間にわたる電位の再現性を保証する上で極めて重要な特性である。従来のAg/AgCl参照電極と比較しても,PB/G/PSSは小型デバイス環境において優れた安定性を維持することが期待される。これらの特性を踏まえ,PB/G/PSSを参照電極として用いた小型酸素センサ(s-OS_PB/G/PSS)を作製した。スクリーン印刷技術を用いた三電極構成により,セラミック基板上にコンパクトなセンサチップを形成し,ガス透過性膜を介して外部環境と接する構造を構築した。SEM観察により,PB/G/PSS電極は高密度に粒子が充填されており,粒子間抵抗の抑制が確認された。
以上の結果から,PB/G/PSSは優れた電気化学応答特性と長期的な電位安定性を兼ね備えた新規参照電極材料であり,小型電気化学センサへの応用においても有効に機能することが実証された。特に,血液ガス分析装置の小型化にとって,従来のAg/AgCl参照電極に代わる有望な選択肢となる。
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